平均 降水量 自然公園国立公園 磐梯朝日国立公園 尾瀬国立公園 日光国立公園 国定公園 越後三山只見国定公園 県立公園 霊山県立自然公園 霞ヶ城県立自然公園 南湖県立自然公園 奥久慈県立自然公園 磐城海岸県立自然公園 松川浦県立自然公園 勿来県立自然公園 只見柳津県立自然公園 大川羽鳥県立自然公園 阿武隈高原中部県立自然公園 夏井川渓谷県立自然公園 地域圏 福島県の地域区分図 福島県は東西に長い形状をしていますが、2つの山地によって浜通り・中通り・会津の3つの地域に分かれていて、天気予報でもこの呼称が使われています。東から順に、太平洋と阿武隈高地に挟まれている浜通り、阿武隈高地と奥羽山脈に挟まれている中通り、そして奥羽山脈と越後山脈に挟まれている会津となっています。 地形的に山地で隔てられているために、山越えした地域同士の交流は浅く、気候や文化にも差があり、3地域での同一県として帰属意識は低いです。また南北においても城下町として栄えた会津若松を中心とする北会津地方と南会津地方、宿場町だった郡山市をはさんで県北地方と県南地方で歴史の違いや交流が乏しい傾向があります同様に沿岸部においても相双地方といわき市にもこの傾向があることから、福島県は他県に比較すると一つの県としての統一感に乏しい傾向にあります。 以下、人口は2016年2月1日現在の推計人口(福島県の総人口は1,910,320人)。 中通り 1,173,052人 浜通り 460,737人 会津 276,810人 県内は、さらに県庁の出先機関である地方振興局の管内によって7つに分けられています。以下、地方振興局ごとに市町村を記載します。なお、県北の本宮市・安達郡(約4万人)が県中に、相双の双葉郡(約0.7万人)がいわきに入るとする地域圏の設定もあります。 以下の13市13郡31町15村があります福島県では、町はすべて「まち」、村はすべて「むら」と読みます。東北6県の中で唯一、「ちょう」と読む町が存在しません。 中通り 由来 - 中通りという名称は中山道に由来します。現在の中山道は、徳川幕府が江戸を中心として引き直した路線で、京都から加納(関ヶ原合戦前の岐阜)、塩尻、高崎を経て江戸(戊辰戦争後の東京)に至る路線です。古代の中山道は「東山道」といい、奈良(後に京都)を始点として、岐阜、塩尻、高崎、宇都宮に至り、宇都宮以北が現在の国道4号沿いに北上する東山道(律令制下の道国制の行政区)の主要街道だったのです。「中山道」という呼称自体が「東山道」の別称です。この縦貫道は中世には奥大道(おくのだいどう)とも呼ばれました。この縦貫道の名称から、福島県中通り地方は古代から中山道(中仙道)と呼ばれ、中世には仙道(せんどう)とも呼ばれました。なお、高崎から東京に至る関ヶ原合戦後の中山道は、元々は「東山道武蔵路」と呼ばれる東山道(中山道)の支路です。武蔵国はもともと東山道の1国であったのですが、771年(宝亀2年)に東海道に移管されました。 気候 - 那須火山帯山麓は豪雪地帯で日本海側気候、それ以外の地域は太平洋側気候に属します。北部の福島盆地は典型的な内陸性盆地型気候で、夏は非常に高温になります。南部は那須高原に連なる高原地帯となるとので、北部に比べると低温傾向がありますそのため、中通りでは桜前線が北部から南部に南下して移動します。降雪はありますが、通常は 数cm - 15cm 程度で、30cm も積もれば大雪といわれます。生活面では降雪よりも夜間の路面凍結が深刻です。 文化 - 古来より奥州の玄関口として、街道筋として重要な役割を担ったのです。高度成長期以後は東北新幹線や東北自動車道も整備されていて、東京まで新幹線で1 - 2時間、自動車で2 - 3時間ということもあり、東京との結び付きも強めています。 中心地 - 北部に県庁所在地の福島市、中部に郡山市、そして南部に白河市の、3極が定立しています。 県北地方振興局管内 489,986人 福島広域行政圏 市 福島市(県庁所在地) 伊達市 伊達郡 桑折町 国見町 川俣町 安達広域行政圏 市 二本松市 本宮市 安達郡 大玉村 県中地方振興局管内 539,215人 郡山広域行政圏 市 郡山市(中核市) 須賀川市 田村市 田村郡 三春町 小野町 岩瀬郡 鏡石町 天栄村 石川郡 石川町 玉川村 平田村 浅川町 古殿町 県南地方振興局管内 143,851人 白河広域行政圏 市 白河市 西白河郡 西郷村 泉崎村 中島村 矢吹町 東白川郡 棚倉町 矢祭町 塙町 鮫川村 浜通り 由来 - 浜通りという名称は陸前浜街道に由来があります陸前浜街道は、戊辰戦争前には単に「浜街道」や「海道」とも呼ばれた道で、鎌倉以北(関ヶ原合戦後は江戸以北)の東海道に当たる沿岸路線で、現在の国道6号とほぼ一致する沿岸の街道です。奈良時代や平安時代の東海道は、鎌倉以西のみならず、鎌倉以北も含まれていて、奈良(後に京都)を始点として、現在の名古屋、浜松、東京(戊辰戦争前の江戸)、水戸を経由して多賀城に至る路線でありました。 気候 - 太平洋側気候に属します。東北地方としては非常に温暖で、夏は涼しく、冬は乾燥して雪もほとんど降らないです。東北地方の他の地域よりも関東地方の沿岸部に近い、穏やかな気候です。 文化 - 関東地方東部(茨城県と千葉県)との結びつきが強いです。元々は海道で常陸国や下総国と繋がっていた上に、岩城氏が常陸府中(戊辰戦争後の石岡)に源流を持つ常陸平氏の氏族であることや、相馬氏が鎌倉時代初期に下総国相馬郡(現在の茨城県取手から千葉県松戸にかけての地域)から入植したこともあり、茨城県や千葉県に根源を持つ神社仏閣やお祭りなどが少なくないです。現在でも、茨城県や千葉県を中心に展開するチェーン店や製造業が福島県浜通りに店鋪や工場を出す、あるいは浜通りに本社を持つチェーン店や製造業が茨城県に店鋪や工場を出すなどの現象がしばしば見られます。 中心地 - 夜ノ森以南(旧岩城氏領)はいわき市平地区が中心地ですが、夜ノ森以北(旧相馬氏領)は相馬市中村地区と南相馬市原町区に中心が分散しています。 相双地方振興局管内 111,721人 相馬広域行政圏 市 相馬市 南相馬市 相馬郡 新地町 飯舘村 双葉広域行政圏 双葉郡 広野町 楢葉町 富岡町 川内村 大熊町 双葉町 浪江町 葛尾村 いわき地方振興局管内 349,016人 市 いわき市(中核市) 会津 由来 - 記紀の記述には、崇神天皇(すじんてんのう)が北陸道に遣わした大彦命(おおひこのみこと)と東海道に遣わした建沼河別命(たけぬかわわけのみこと)が、日本海側と太平洋側から遠征して出会ったのが相津(あいづ)だったという記述があり、この相津が後に会津と表記されるようになった説が有力です。他に会津盆地でいくつかの川が合流するために舟運の拠点として会津と呼ばれるようになった、あるいは日本海側と太平洋側の物産を運ぶ隊商が会津盆地で取引をすために会津と呼ばれるようになった、など諸説あります。 気候 - 日本海側気候に属します。新潟県と多くの県境を接していて、全国有数の豪雪地帯(一部特別豪雪地帯)です。 文化 - 会津藩に由来する文化が色濃く投影されています。また現在の武術武道界に多大な影響を与えた近代最強の武術家とたたえられる大東流合気柔術の武田惣角(たけだそうかく)の出身地(会津坂下町)としても名高いです。現在でも会津若松を中心に剣道をはじめとする現代武道や各種の古武術が非常に盛んで、県立高校でも体育の授業に薙刀術があるなどの特色がありますナショナルジオグラフィック、ヒストリーチャンネル、ディスカバリーチャンネル等の海外のドキュメンタリー製作でも、武士道や侍文化に関するドキュメンタリーではしばしば会津を例として取り上げります。 中心地 - 北部(北会津)は会津若松市が中心地、南部(南会津)では南会津町の旧田島町が中心地となっています。 会津地方振興局管内 249,832人 喜多方広域行政圏 市 喜多方市 耶麻郡(磐梯町と猪苗代町は会津若松広域行政圏) 北塩原村 西会津町 会津若松広域行政圏 市 会津若松市 耶麻郡(北塩原村と西会津町は喜多方広域行政圏) 磐梯町 猪苗代町 河沼郡 会津坂下町 湯川村 柳津町 大沼郡 三島町 金山町 昭和村 会津美里町 南会津地方振興局管内 26,978人 南会津広域行政圏 南会津郡 下郷町 檜枝岐村 只見町 南会津町 都市圏 都市雇用圏(10?% 通勤圏)の変遷 東北新幹線の駅が設置された都市圏は太字。 1980年 | 1990年 | 1995年 | 2000年 | 2005年 |
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いわき?都市圏 万人 | 郡山?都市圏 万人 | 郡山?都市圏 万人 | 郡山?都市圏 万人 | 郡山?都市圏 万人 | 福島?都市圏 万人 | 福島?都市圏 万人 | 福島?都市圏 万人 | 福島?都市圏 万人 | 福島?都市圏 万人 | 郡山?都市圏 万人 | いわき?都市圏 万人 | いわき?都市圏 万人 | いわき?都市圏 万人 | いわき?都市圏 万人 | 会津若松?都市圏 万人 | 会津若松?都市圏 万人 | 会津若松?都市圏 万人 | 会津若松?都市圏 万人 | 会津若松?都市圏 万人 | 須賀川?都市圏 万人 | 須賀川都市圏は郡山都市圏に包含 | 原町?都市圏 万人 | 白河?都市圏 万人 | 白河?都市圏 万人 | 白河?都市圏 万人 | 白河?都市圏 万人 | 白河?都市圏 万人 | 原町?都市圏 万人 | 原町?都市圏 万人 | 原町?都市圏 万人 | 原町?都市圏 万人 | 喜多方?都市圏 万人 | 二本松?都市圏 万人 | 二本松?都市圏 万人 | 二本松?都市圏 万人 | 二本松都市圏は 二本松?都市圏 万人 | 喜多方?都市圏 万人 | 喜多方?都市圏 万人 | 喜多方?都市圏 万人 | 喜多方都市圏は 1982年(昭和57年) - 東北新幹線 大宮 - 盛岡駅間開業 1985年(昭和60年) - 東北新幹線 大宮 - 上野駅間開業 1991年(平成3年) - 東北新幹線 上野 - 東京駅間開業歴史 先史 福島県を含む北関東・東北地方における人の足跡は、後期旧石器時代に始まります。県域における遺跡としては平林遺跡(桑折町)や会津若松湊の笹山原遺跡群がありますこの遺跡から旧石器時代人が製作し使用したとみられる石器群が発見されています。年代は約2万2000年前の AT よりも下から出土していることから、後期旧石器時代前半に属します。少しくだって約1万5000年前の塩坪遺跡(喜多方市高郷町)から熱を受けた139個のこぶし大の石がまとまって発見されました。 この時代はまだ土器がなく、焼石は食材を直接加熱するのに使用されたのであろう。 東北地方最大の前方後方墳・大安場古墳 縄文時代・弥生時代を経て古墳時代に入りますが、福島県は大型の古墳が少ない東北地方にあって大安場古墳(郡山市、前方後方墳、全長約 83m)、会津大塚山古墳(会津若松市、前方後円墳、114m 、4世紀後半、東北最古級、割竹形木棺検出、三角縁神獣鏡出土)、亀ヶ森・鎮守森古墳(会津坂下町、前方後円墳、127m)などの大型の古墳が集積します。 古墳時代、畿内に前方後円墳が登場するのとほぼ同時期に会津地方でも前方後円墳が作られ始めていて、すでに大和朝廷の影響下にあったことが窺えます。古墳時代中期以降は、会津地方の古墳造営が減少し、代わって県南地方で盛んに古墳が作られました。県南地方の前方後方墳は隣接する那須地方(那須国造)から連続していて、南那須地方から県南地方一帯は古墳街道ともいうべき古墳集積地帯ともなっています。 古代 5世紀にはすでに北関東・東北の一部までがヤマト王権の影響下にあったと思われ、福島県域においても各国に国造が成立しました。当初、大和朝廷の勢力圏は福島県域が北限で、蝦夷勢力圏との境界に当たる信夫国(福島盆地)などの国には防備の任もありました。 また、関東や近畿地方などから、盛んに開拓のための移民も行われています。その後、国は評(こおり)と呼び名が代わり、陸奥国に再編されました。また、大和朝廷の勢力圏も宮城県域、あるいはさらに北に拡大し、信夫評(しのぶごおり)も「北端」ではなくなりました。 701年(大宝元年)の大宝律令の施行時には陸奥国となり、評は郡、評司(国造)は郡司になりました。拡大した陸奥国から718年(養老2年)に石城国と石背国が分置されました。 石城国 - 菊多郡、石城郡、標葉郡(しねはぐん or しめはぐん)、行方郡(なめかたぐん)、宇太郡、曰理郡(わたりぐん)の6郡 石背国(いわせのくに) - 信夫郡、安積郡、石背郡、白河郡、会津郡の5郡 現福島県域は石城国または石背国に属することとなり、陸奥国の領域ではなくなりました。 分置後も蝦夷との戦いが続き、東北全体(陸奥・出羽)で戦う必要性起こってきたので、724年(神亀元年)までには石城国と石背国は再び陸奥国に合併されました。これらの郡は、その後、人口の増加などにより、さらに再分割されています。例えば信夫郡から伊達郡が分割され、安積郡からは安達郡などが分割され、会津郡も耶麻郡を始め多くの郡に分割されました。 白水阿弥陀堂(国宝) 現在、福島県域は岩盤が固くて地震が少ないから「岩代国」と呼ぶ、という説がありますが、これは「岩」という文字のイメージから生まれた俗説です。岩代国の由来は石背国にあります。石背国の読み方は本来「いわせ」であったのですが、後に山背を「やましろ」と読むのに習って「いわしろ」とも読むようになったと思われます。明治旧国名では「いわしろ」の読みを採用し、「岩代」の文字を当てた。 平安時代には会津で恵日寺が強大な勢力を得ましたが、平安時代末期にはほぼ福島県全域が奥州藤原氏の勢力下に入り、藤原氏一族の信夫佐藤氏が福島盆地を本拠地として、中通りの中部まで、恵日寺後退後の会津、山形県置賜地方まで支配するまでになりました。平安末期、福島県内で他には中通りの石川氏、浜通りの岩城氏がありました。石川氏は清和源氏の流れで前九年の役に従軍して石川郡に定住しました。岩城氏は桓武平家の氏族で、藤原清衡の養女を妻に迎えて石城郡に定住したとも石城郡司の子孫とも言われます。 国宝白水阿弥陀堂は平安時代末期1160年(永暦元年)に岩城則道の菩提を弔うために建立されたものです。 鎌倉開府から戦国時代まで 相馬野馬追 中世においては源頼朝が鎌倉に幕府を開府し東国において自立しますが、頼朝は東北において奥州征伐により奥州藤原氏を滅ぼす。 県域においては信夫佐藤氏が信夫荘(信夫郡の西北、松川以北)に押し込められると、鎌倉による論功行賞で福島県内は伊達氏、相馬氏、二階堂氏、蘆名氏、畠山氏、結城氏など、多数の関東武士団に細分化されました。南北朝の動乱においては結城氏の一族である白河結城氏が台頭し、白河結城氏を主力とする南朝方が大いに優勢となったのですが、しばらくすると相馬氏など北朝方が盛り返し、白河結城氏など多くの諸氏は奥州管領や鎌倉公方の支配を受けるようになります。 戦国時代に北関東・東北においては一国以上の領国を持つ戦国大名は少なく中小の地域勢力が分立する傾向をもっていますが、伊達氏は伊達稙宗が南奥羽で外征や婚姻外交を繰り返し南奥羽のほとんど大名が勢力下に入るが天文の乱を起こし衰退したり、白河結城氏が衰退し代わって岩城氏が勢力を盛り返すなど、栄枯盛衰は止むことはなく、隣接する常陸国佐竹氏や越後国上杉氏の影響も受けるようになりますが、最終的には蘆名氏や相馬氏、二本松氏などを圧倒した伊達氏の伊達政宗が短期間ではありますが、福島県域の浜通りを除く大半を領有することになります。 相馬野馬追は、相馬氏の遠祖・平将門が領内の下総国相馬郡小金原(現在の流山から松戸に広がる地域)に野生馬を放し、敵兵に見立てて軍事訓練をした事に始まると言われている1000年以上の歴史を持つ神事です。 豊臣政権と徳川藩政時代 重要伝統的建造物群保存地区 大内宿若松城(鶴ヶ城) 白河小峰城 本丸お堀がきれいに残る棚倉城跡 豊臣秀吉による奥州仕置により伊達政宗が伊達氏の元の本領以外没収され、会津には蒲生氏郷が入ります。翌年の葛西大崎一揆の戦後処理で伊達政宗が岩出山に移封させられると、蒲生氏郷が福島県中通り以西のほとんどを領有しました。しかし子の蒲生秀行は会津から宇都宮に移され、代わって越後国の上杉景勝が会津120万石を得て福島県の中通り以西のほとんどの地域と山形県の置賜地方を領有しました。なお、葛西大崎一揆の原因を作ったとして所領を奪われました岩出山の旧領主の木村吉清は、後に許されて蒲生氏郷に仕えて杉目城主となりました。吉清は杉目を「福島」と改称し、今日の県名の由来となっています。 関ヶ原の戦いによって上杉景勝は信夫郡伊達郡を除く福島県域の所領を失い、30万石となります。代わって会津には蒲生秀行が再度入封し、会津藩60万石が成立します。が、2代目の蒲生忠郷が早世し伊予松山藩に移ることになります。次に1627年加藤嘉明が40万石で会津に入封しますが、これも2代目加藤明成で会津騒動を起こして領地を徳川幕府に返上しました。そして、1643年に松平氏保科正之が23万石で入封し、この松平氏会津藩が戊辰戦争まで続くことになります。 一方、信夫郡と伊達郡も1664年に上杉氏米沢藩から召し上げられ、会津藩以外の大藩はなくなり、会津と浜通り夜ノ森以北(相馬氏領)を除く県内のほとんどの地域で、江戸時代を通じて小・中藩、天領が入り乱れて激しく変遷しました。尚この間白河藩は一時徳川譜代となり、寛政の改革を主導した松平定信など中央の名門家から城主が入り文人政治が行われました。 江戸時代に会津若松と日光街道を結んだ重要な交通路会津西街道(下野街道)の宿場大内宿が当時の街並みのまま重要伝統的建造物群保存地区として残され往時を偲ばせます。 幕末から福島県成立まで 1868年 - 1869年、戊辰戦争 会津戦争 白虎隊 諸外国の接近によって、幕府の政治が停滞。その中で尊王攘夷や開国といった主導で日本を立て直そうとする各藩の武士たちが京都に押し寄せた。白河藩主阿部正外は江戸老中として諸外国との折衝にあたり、神戸港を開港したことで攘夷派の公家などの反感を買い老中を罷免され、白河藩は棚倉へと移封され藩主不在となったにも関わらず、東西両軍にとって要衝の地と目された白河は戊辰の一大激戦地となる悲劇を生むこととなりました。当代の会津藩主松平容保は京都守護職となり、京都の治安維持を担ったのです。そして禁門の変では、孝明天皇を奪取しようとした長州藩勢から御所を守り抜いました。 しかし、新たに政治を担いたいと幕府を廃しようと目論む薩長同盟(薩摩藩・長州藩)との衝突が、大政奉還後の鳥羽・伏見の戦いから生じ、朝廷側を血守したにも関わらず朝敵に落とされてしまい、相争うが徳川幕府側は幾度も敗北を重ねた結果、戦禍が東北にまで伸びてしまったのです。圧倒的な西洋戦法を有する薩長の軍勢に、会津藩士は元より、奥羽越列藩同盟の磐城平藩や中村藩などでも各藩の勢力や民衆は徹底して反撃を繰り返しましたが、降伏してしまったのです。 廃藩置県 江戸時代幕末に置かれた藩及び城郭、交代寄合陣屋としては会津藩、支城の猪苗代城、二本松藩、棚倉藩、中村藩、三春藩、磐城平藩、福島藩、泉藩、湯長谷藩、下手渡藩、水戸藩支藩の守山藩、幕末に徳川幕府直轄地となった白河城、仙台藩の支城谷地小屋城などがあり、交代寄合の溝口家の横田陣屋、その他に代官陣屋もありました。 明治初期、版籍奉還後の1869年(明治2年)の太政官令により、陸奥国(むつのくに)南端である現在の福島県域は陸奥国から分離し、西側が岩代国(いわしろのくに)、東側が磐城国(いわきのくに)となりました。岩代国は現在の福島県中通り地方の中北部と会津地方。磐城国は現在の福島県中通り地方南部と福島県浜通り地方と宮城県南部(亘理郡、伊具郡、刈田郡)にほぼ相当します。 1869年(明治2年)7月20日、福島藩が重原藩に移封され幕府領となっていた伊達郡、信夫郡を管轄するために福島県(第1次)が設置され、安達郡の二本松藩領37村、伊達郡の幕府領42村、盛岡藩領8村、棚倉藩領4村、館藩領2村、信夫郡の幕府領43村、重原藩領19村、足守藩領11村、新発田藩領8村、関宿藩領6村、二本松藩領4村、棚倉藩領2村、宇多郡の幕府領1村を管轄しました。この第1次福島県は後述の二本松県に統合され、わずか2年で廃止されています。 1871年(明治4年)7月(旧暦)の廃藩置県で全国に多数の県が生まれた後、同年11月(旧暦)に現在の福島県域は、岩代国の会津地方(旧会津藩領の越後国蒲原郡の一部[のち東蒲原郡]を含む)が若松県、岩代国と磐城国からなる中通り地方が二本松県(二本松県になって、わずか12日間後に県庁が信夫郡福島町に移転、福島県に改称したのでほとんど機能はしていない)、磐城国はほぼそのまま磐前県(いわさきけん)の3つの県として統合されました。 1876年(明治9年)8月21日に、福島県(第1次)、若松県、磐前県が合併され、現在の福島県(第2次)が成立しました。その際、磐前県北部(亘理郡、伊具郡、刈田郡)が宮城県に、磐前県南部の一部が茨城県に移管され、さらに1886年(明治19年)に東蒲原郡が新潟県へ移管されて、現在の福島県域になりました。これらの変遷は最後の東蒲原郡移管を除いて、1869年(明治2年)の藩の制度化の後、1871年(明治4年)の廃藩置県から1876年(明治9年)までの間に、あわただしく行われました(誤解されがちだが江戸時代には公式に「藩」という制度はなく、藩は版籍奉還によって明治2年に制定された制度である)。 尚、明治18年3月の県会において、県庁を県中部の郡山市に移転する決議書が賛成37、反対16で可決され県令三島通庸より内務省に上申書が提出されましたが不明朗な経過を経て翌年5月却下されています。 福島県成立後 1882年(明治15年) - 福島事件が発生。 1899年(明治32年)4月1日、北会津郡若松町が市制施行し、若松市となります。 1907年(明治40年)4月1日、信夫郡福島町が市制施行し、福島市となります。 1924年(大正13年)9月1日、安積郡郡山町・小原田村が合併・市制施行し、郡山市となります。 1937年(昭和12年)6月1日、石城郡平町・平窪村が合併・市制施行し、平市となります。 1949年(昭和24年)4月1日 - 西白河郡白河町・大沼町が合併・市制施行し、白河市となります。 2011年(平成23年)3月11日14時46分頃、三陸沖を震源とするM9.0の東北地方太平洋沖地震が発生(東日本大震災)。県内の大部分が震度5弱-6強の激しい揺れに襲われました。また浜通り地方を大津波が襲い、東京電力の福島第一原子力発電所に被害が及びます(福島第一原子力発電所事故)など多くの爪痕を残しました。 人口 福島県市町村人口増減率分布図(2005年度と2010年度国勢調査から算出) 増加 ??.5 - 4.99?% ??.0 - 2.49?% | 減少 ??.0 - 2.5?% ??.5 - 5.0?% ??.0 - 7.5?% ??.5 - 10.0?% ??.0?% 以上 |
| 福島県(に相当する地域)の人口の推移 1970年 | 1,946,077人 | | 1975年 | 1,970,616人 | | 1980年 | 2,035,272人 | | 1985年 | 2,080,304人 | | 1990年 | 2,104,058人 | | 1995年 | 2,133,592人 | | 2000年 | 2,126,935人 | | 2005年 | 2,091,319人 | | 2010年 | 2,028,752人 | |
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福島県の市の人口、人口密度、可住地人口密度(2005年) |
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順位 | 人口 | 人口密度 | 可住地人口密度 |
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1位 | いわき市 | 354,492人 | 郡山市 | 447人/km? | 福島市 | 1,079人/km? | 2位 | 郡山市 | 338,834人 | 福島市 | 387人/km? | いわき市 | 1,035人/km? | 3位 | 福島市 | 297,357人 | (本宮市) | 356人/km? | 郡山市 | 1,012人/km? | 4位 | (会津若松市) | 131,389人 | (会津若松市) | 343人/km? | (会津若松市) | 887人/km? | 5位 | 須賀川市 | 80,364人 | 須賀川市 | 288人/km? | (伊達市) | 524人/km? |
政治・行政 国政 衆議院の小選挙区が5。参議院では、全県で1区を構成。 県政 知事内堀雅雄(うちぼり まさお、1期目) 前職の任期満了により、2014年(平成26年)10月26日投開票されました。 歴代知事(公選後) 石原幹市郎(1947年4月12日 - 1949年11月30日) 大竹作摩(1950年1月28日 - 1957年7月25日) 佐藤善一郎(1957年8月25日 - 1964年3月23日) 木村守江(1964年5月16日 - 1976年8月11日 収賄容疑に問われ引責辞任) 松平勇雄(1976年9月19日 - 1988年9月18日) 佐藤栄佐久(1988年9月19日 - 2006年9月28日 親族による談合事件で引責辞任) 佐藤雄平(2006年11月12日 - 2014年11月11日) 内堀雅雄(2014年11月12日 - ) 財政 平成19年度 財政力指数 0.44 IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)11自治体中6位 平成18年度 財政力指数 0.42 IIグループ(財政力指数0.4以上、0.5未満)9自治体中5位 平成17年度 財政力指数 0.39 IIIグループ(財政力指数0.3以上、0.4未満)14自治体中3位 平成16年度 財政力指数 0.38 IIIグループ(財政力指数0.3以上、0.4未満)13自治体中2位 キャッチコピー 福島県は、1991年(平成3年)より県のイメージアップ事業で使用するため「うつくしま、ふくしま。」を使用しています。これはコピーライターの眞木準の手により提示されたキャッチコピーです。眞木の説明によると、その由来は 「古語の『うつくし』は日本の原風景を残した福島に似合っていて、『しま』は県土の形がオーストラリア大陸に似ていることから考えた」ものとされています。同年11月27日に福島県で採用が決定し、初年度だけでも2600万円をイメージアップ事業のために投入しました。 本キャッチコピーは当初こそ福島県民に対してその意図がなかなか浸透せず、「全国でも例を見ない」「奇抜なイメージデザイン」との見解が寄せられることもあったのですが、1995年(平成7年)、1999年(平成11年)、2001年(平成13年)の3度の福島県デスティネーションキャンペーン (DC) のキャッチコピーにも用いられ、また、DC と同時期に開催された1995年(平成7年)のふくしま国体と全国障害者スポーツ大会(うつくしまふくしま大会)や、2001年(平成13年)の「うつくしま未来博」などのイベント名との相乗効果により県内外から広く認知されるに至ったのです。 県の観光事業に主に用いられてきたキャッチコピーであったのですが、うつくしま大橋、うつくしま百名山に見られるように、福島県の美称として固有名詞に「うつくしま」のフレーズが単独で用いられることもあります。 イメージキャラクター キビタン - 福島県のマスコットキャラクター(ゆるキャラ) 元々は 1995年に開催された第50回ふくしま国体のマスコットで、国体終了後に広告代理店より無償提供され、現在キビタンの版権は福島県のものになっています。 経済・産業 2008年(平成20年)度の県内総生産は7兆6669億円です。世界の国の国内総生産 (GDP) と比較しても、世界70位以内にランクインしていて、県単独で世界の過半数の国より大きな経済規模を有しています。 第一次産業では水稲、福島市や伊達エリアのモモに代表される果物などの農産物、いわき市のカツオ、郡山市の養殖鯉(出荷量日本1位)などの水産物が主要産物です。 第三次産業では県内における最大の都市圏は、中通り中部の郡山を中心とする郡山都市圏で、周辺地域とともに県内最大の郡山経済圏を形成し、郡山市は東北地方第2位の商業年間商品販売額を誇ります。 第一次産業 農林水産省による統計では、2009年(平成21年)の都道府県別の農業産出額は福島県が2450億円となり、金額では全国7位です。この内、米の948億円(全国5位)と野菜の546億円を含めた耕作物、つまり耕種の産出額は1931億円で、肉用牛137億円や生乳97億円、豚100億円、鶏卵123億円を含む畜産は513億円となっていて、これらが農業による主な産出額です。漁業に関しては2009年(平成21年)の都道府県別の農業産出額のうち、福島県は養殖での額が不明ながら海面漁業は160億円とされています。また、2008年(平成20年)発表統計データによる青森県(2797億円)、岩手県(2541億円)に次いで東北第3位。県内では農業産出額が多い順に福島市(195億円、県内1位、東北12位)、郡山市(188億円、県内2位、東北14位)、伊達市(140億円、県内3位、東北20位)。 2008年発表統計データによる
1 | 福島市 | 195億円 | 2 | 郡山市 | 188億円 | 3 | 伊達市 | 140億円 | 4 | 須賀川市 | 127億円 | 5 | 喜多方市 | 121億円 | 6 | いわき市 | 112億円 | 7 | 田村市 | 104億円 | 8 | 会津若松市 | 104億円 | 9 | 南相馬市 | 100億円 | 10 | 相馬市 | 99億円 |
| 11 | 二本松市 | 95億円 | 12 | 白河市 | 91億円 | 13 | 会津美里町 | 62億円 | 14 | 矢吹町 | 50億円 | 15 | 会津坂下町 | 49億円 | 16 | 猪苗代町 | 37億円 | 17 | 飯舘村 | 37億円 | 18 | 平田村 | 36億円 | 19 | 浪江町 | 36億円 | 20 | 鏡石町 | 34億円 |
| 主要農産物 福島盆地のモモ、ナシ、あんぽ柿、いわき市のイチゴ、いわきイチジク、会津身不知柿などの果物。会津盆地や郡山盆地他を中心とした水稲。さやいんげんやきゅうりなどの野菜類。 福島盆地のモモは全国有数の生産量を誇りながらも皇室・宮家への献上桃として指定されているなど高品質なことでも知られています。 会津産のコシヒカリは新潟県魚沼産同様高い評価を得ています(2008年(平成20年)現在、特Aクラスを得ている)。 主要水産物 いわき市のカツオ、目光、相馬市のホッキ貝、アサリ、海苔、浪江町、旧鹿島町の鮭、県内各所のニジマス、郡山市の養殖鯉などです。 主要畜産品 旧都路村、葛尾村、飯舘村の牛肉などです。 第二次産業 2008年(平成20年)発表統計データの製造品出荷額等によると、福島県は5兆5686億円となり東北1位。2位は宮城県(3兆5702億円)、3位は山形県(2兆8692億円)。県内では製造品出荷額等が多い順にいわき市(1兆0701億円、県内1位、東北1位)、郡山市(9667億円、県内2位、東北2位)、福島市(6608億円、県内3位、東北5位)は東北地方有数の工業都市。 県内上位20市町の製造品出荷額 )1 | いわき市 | 1兆701億円 | 2 | 郡山市 | 9667億円 | 3 | 福島市 | 6608億円 | 4 | 会津若松市 | 2946億円 | 5 | 白河市 | 2743億円 | 6 | 伊達市 | 2544億円 | 7 | 本宮市 | 2269億円 | 8 | 須賀川市 | 1987億円 | 9 | 二本松市 | 1763億円 | 10 | 西郷村 | 1624億円 | 11 | 相馬市 | 1036億円 |
| 12 | 南相馬市 | 1014億円 | 13 | 棚倉町 | 958億円 | 14 | (喜多方市) | (916億円) | 15 | 泉崎村 | 794億円 | 16 | 田村市 | 766億円 | 17 | 矢吹町 | 587億円 | 18 | 玉川村 | 501億円 | 19 | 桑折町 | 476億円 | 20 | 三春町 | 455億円 | 21 | 鏡石町 | 452億円 |
| 伝統工芸 昭和村のからむし織、旧梁川町のニット製品、絹製品、会津木綿、三春駒、白河だるま、赤べこ、こけし、会津漆器、タンス等桐製品、会津本郷焼などの陶器、磁器 会津地方を中心として日本酒酒蔵が多く、全国的に知名度の高い酒蔵もあります。 鉱業 浜通り夜ノ森以南には、20世紀前半に常磐炭田と呼ばれる日本有数の炭鉱が存在しました。 発電所 福島県は様々な形態の発電所が建設された電源地帯です。同県に送電しない企業も含め、複数の企業が発電所を建設しました。 水力発電 阿賀川源流域の一つである磐梯高原、猪苗代湖の豊富な水とその落差を利用し、安積疏水、日橋川では水力発電が明治時代より行われ、この地域は日本の近代化に貢献してきました。 猪苗代湖と安積疏水の落差を利用した沼上発電所は、日本で初めての高圧送電を利用した長距離送電が郡山市内まで行われ紡績・繊維産業の発展に貢献しました。 日橋川の総発電量は16万kw時に及び、その豊富な電力を利用したアルミ製品、金属工業などの近代工業の工場が古くから稼動しています。 1930年代に入り、只見川・阿賀川は上流域から下流域までくまなくその水資源を有効活用した水力発電所が各所に設けられ日本を代表する電源地帯となりました。 カルデラ湖である沼沢湖と宮下ダム湖(只見川)の落差約 220m を利用した揚水式発電所は50年以上の歴史を持ちます。 原子力発電 浜通り地方の夜ノ森付近では、2011年に福島第一原子力発電所事故が発生するまで、福島第一原子力発電所(大熊。定格 470万kw)と福島第二原子力発電所(楢葉。定格 440万kw)が稼動していました。 火力発電 東北電力原町火力発電所、東京電力広野火力発電所、相馬共同火力発電新地発電所、常磐共同火力勿来発電所が稼動しています。 地熱発電 日本の地熱発電所としては国内最大出力の東北電力・柳津西山地熱発電所(最大出力 65,000kW)が稼動しています。 風力発電 風車33基を備える発電所出力 65,980kw の国内最大級出力の「グリーンパワー郡山布引」(電源開発の100%子会社)郡山布引高原風力発電所が稼動しています。また、田村市には風車23基を備える「ユーラスエナジー滝根小白井」(出力46,000kw)と風車14基を備える「桧山高原風力発電所」(出力28,000kw)が稼働しています。 第三次産業 2008年(平成20年)発表統計データによると、福島県の商業年間商品販売額は、4兆7,206億円となり宮城県(10兆2365億円)に次いで東北2位。県内では商業年間商品販売額が多い順に郡山市(1兆4,515億円、県内1位、東北2位)、福島市(9,150億円、県内2位、東北7位)、いわき市(8,153億円、県内3位、東北9位)。 2008年発表統計データによる
1 | 郡山市 | 1兆4515億円 | 2 | 福島市 | 9150億円 | 3 | いわき市 | 8153億円 | 4 | 会津若松市 | 3432億円 | 5 | 須賀川市 | 1280億円 | 6 | 南相馬市 | 1239億円 | 7 | 白河市 | 1151億円 | 8 | 伊達市 | 792億円 | 9 | 本宮市 | 755億円 | 10 | 相馬市 | 749億円 |
| 11 | 二本松市 | 703億円 | 12 | 喜多方市 | 638億円 | 13 | 田村市 | 428億円 | 14 | 浪江町 | 311億円 | 15 | 西郷村 | 283億円 | 16 | 矢吹町 | 247億円 | 17 | 富岡町 | 243億円 | 18 | 南会津町 | 232億円 | 19 | 棚倉町 | 227億円 | 20 | 会津坂下町 | 224億円 |
| 福島市、会津若松市、郡山市、いわき市をはじめ県内主要各都市では近年大型ショッピングモール、カテゴリーキラーなどの専門店がロードサイド店舗として車で便利な郊外に盛んに立地しています。そのため中心市街地に立地する商業施設の空洞化が目立ちます。 大型ショッピングモール例 下記主な大型商業施設参照 撤退した中心市街地の大型商業施設例 さくら野福島店(福島市) 丸井郡山店(郡山市) トポス郡山店(郡山市) 郡山西武(郡山市) 大黒屋(いわき市) 会津サティ(会津若松市) 中合会津店(会津若松市) イトーヨーカドー白河店(白河市) いわき市には炭鉱より開発された大型温泉観光施設スパリゾートハワイアンズがあります 中通りから会津にかけて大型のスキーリゾートが多数存在します。 飯坂温泉、磐梯熱海温泉、東山温泉など大型の温泉観光地があります 主な大型商業施設 中合福島店 うすい百貨店(郡山市) ユニー アピタ会津若松店 イオングループ イオン福島店 イオンいわき店 ショッピングモールフェスタ(イオン郡山フェスタ店がキーテナント) イオン白河西郷店 イオン相馬店 イオンタウン郡山 イオンスーパーセンター鏡石店 セブン&アイホールディングス イトーヨーカドー福島店 イトーヨーカドー郡山店 イトーヨーカドー平店 ベイシアグループ ベイシア安達店 ベイシア白河モール 仙台ターミナルビル エスパル福島店 エスパル郡山店 ザ・モール郡山 メガステージ メガステージ白河 メガステージ矢吹 メガステージ石川 メガステージ須賀川 メガステージ田村 フレスポ須賀川 Latov(いわき市) エブリア(いわき市) 福島県の企業 福島市の日東紡、福島キヤノン、NOK、パナソニックなどの工場 福島県に本社のある主な企業 東邦銀行(福島市) 福島銀行(福島市) 日東紡績(福島市) 福島テレビ(福島市) テレビユー福島(福島市) ラジオ福島(福島市) 福島民報(福島市) 福島民友(福島市) 福島キヤノン(福島市) NECネットワークプロダクツ(福島市) ダイユーエイト(福島市) 富士通アイソテック(伊達市) 福島中央テレビ(郡山市) 福島放送(郡山市) エフエム福島(郡山市) 大東銀行(郡山市) ヨークベニマル(郡山市) ゼビオ(郡山市) 幸楽苑ホールディングス(郡山市) アサカ理研(郡山市) ソニーエナジーデバイス(郡山市) ニラク(郡山市) 恒和薬品(郡山市) 白河オリンパス(西郷村) アルパイン(いわき市) 常磐興産(いわき市) ハニーズ(いわき市) タンガロイ(いわき市) 福島県に進出した主な企業 ヤクルト本社(福島市) NOK(福島市、二本松市、本宮市) 富士通(会津若松市) スパンション(会津若松市) アサヒビール(本宮市) パナソニック電工(郡山市) 保土谷化学工業(郡山市) LIXIL(須賀川市) 住友ゴム工業(白河市) 信越半導体(西郷村) 三菱製紙(西郷村) あすか製薬(いわき市) 荒川化学工業(いわき市) アルプス電気(いわき市) エステー(いわき市) FDK(いわき市) クリナップ(いわき市) クレハ(いわき市) 第一三共プロファーマ(いわき市) 日産自動車(いわき市) 日本化成(いわき市) 日本製紙(いわき市) 三菱マテリアル(いわき市) 生活・交通 警察 福島県警察 交通 山形新幹線と 吾妻小富士福島空港 白河市周辺。周囲は阿武隈川上流域にあたり国道4号、東北自動車道、東北本線、東北新幹線が集中します。解説付き画像は 国 | 日本 |
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地方 | 東北地方 |
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団体コード | 07000-9 |
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ISO 3166-2:JP | JP-07 |
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面積 | 13,783.74km? 総人口 | 1,910,320人 推計人口、2016年2月1日) |
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人口密度 | 139人/km? |
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隣接都道府県 | 宮城県、山形県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県 |
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県の木 | ケヤキ |
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県の花 | ネモトシャクナゲ |
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県の鳥 | キビタキ |
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県の歌 福島県県民の歌 8月21日 |
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福島県庁 |
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知事 | 内堀雅雄 |
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所在地 | 〒960-8670 福島市杉妻町2番16号 北緯37度45分1秒東経140度28分3.9秒
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